生きる事に疲れてしまった人へ☆命あっての物種

エンタメ作品(メイン)

私達がこの世界で生きていくための最善を探ってみる☆

 

 

<今回のオススメ!  名作キーフレーズ Pick up>

漫画(アニメ)「約束のネバーランド」より引用

「ただ逃げるんじゃない。見つけよう、私たちがこの世界で生き残る方法。」

「うん、逃げよう、生きよう、たとえ世界がどんなでも」

 

先日、女優の神田沙也加さんが急逝されましたね。

 

テレビ越しに見ていた姿は、いつも笑顔が素敵でキラキラ輝く華やかな女性という印象。

 

まだお若く才能あふれる方だっただけに、やはり非常に残念でなりません。

 

ウチの子供達もアナ雪が大好きで、もうアナの生歌や新曲が聞けないと思うと寂しくもあり…。

 

さぞ多くの人がショックを受けたり、悲しく思った事でしょう。

 

私自身も、大切な人が心を病んでしまい、失ってしまったという経験があります。

 

その時も、そして今回も、「生」について改めて考えさせられるのです。

 

今回私の思考とリンクしたのは、「約束のネバーランド」という作品。

 

かなりの累計発行部数と映画化もしている人気作品なので、ご存じの方も多いでしょう。

 

ここではこの作品に少し触れながら、今宵は「生きる」について哲学したいと思います。

 

今、心が波風たっている方に少しでも穏やかな時間が流れますように…。

 

 

 

「約束のネバーランド」から考える「生」

簡単なあらすじ

 

最初の舞台は、「グレイス=フィールドハウス」という小さな孤児院。

 

孤児達は、「ママ」と呼ばれるシスターのイザベラと共に幸せな生活を送っていた。

 

ここでは6歳~12歳までに里親が見つかり、ハウスを出ると子どもたちは教えられていた。

 

主人公で年長者のエマ、レイ、ノーマンの三人もそれを信じ過ごしていたが、

 

ある時、自分達が人を食らう化物「鬼」の食肉用として育てられていることを知る。

 

そして、この偽物の楽園から子供達全員で脱出しようと決意するのだった__。

 

 

過酷な運命に抗う子供達の生への執念

 

この物語は脱獄サバイバルであり、過酷な運命の描写がダークな世界観を醸し出しています。

 

そんなダークさの中だからこそ際立つのは、一生懸命「生きたい」と抗う子供達の姿。

 

脱獄を試みる主人公エマたちに、ママであるイザベラが抗う事を諦めろと促します。

 

脱獄は不可能であり、もし外に出れたとしても生き延びることは出来ないから、

 

出荷(鬼に捕食される)まで穏やかに暮らそうと。。

 

そんな困難な問題を抱え絶望に満ちている中でも、エマ達は生き延びる事を諦めません。

 

そんなエマ達の姿は、私達に「生」への向き合い方を示してくれているようにも思います。

 

人がこの世に存在し、生かされている以上は、「生きる」を全うする。

 

生きる事はとても辛く険しい道であるけれど、だからこそ尊く美しいものなのだと、

 

この作品を見る度に思ってしまいます。

 

 

 

「逃げる」を間違えないで

 

「死にに行く(その)決意(きもち)だけは尊重できない!」

 

世界は時に、私達に冷たく残酷です。

 

そんな世界で私達が生き延びる為に、時には逃げたりと身を守らなければいけないことも。

 

しかし、同じ「逃げ」でも「生を諦める逃げ」をしてしまう人もいるわけで…。

 

きっとそれまで想像できないくらいの苦しみや葛藤が幾重にもあって、

 

そういう決断をせざるを得なかったのかもしれません。

 

たくさん頑張ったからこそ、燃え尽きてしまうこともあるのかもしれません。

 

私もこれまで生きてきて、「消えてしまいたい」と思うくらい辛い事もありました。

 

「生きるってしんどいな…」と、思うことも少なくありません。

 

ですので、自ら命を絶った人を批判するつもりはありません。

 

でも、やっぱり肯定も出来ません。

 

その人が生から逃げた瞬間から、後に残された者は出口のないような暗闇の始まりです。

 

「何か私に出来ることがあったんじゃないか?救えたんじゃないか?」

 

「救えたと思う事は思い上がりかもしれないけれど…でも…」

 

色んな事を考え、ループして…ずっとそんな事を抱えながら生きていくという地獄。

 

自分は逃亡出来たとしても、自分を想ってくれる人達に背負わせてしまいます。

 

 

「約束のネバーランド」のエマ達のようなものが、望ましい「逃げ」なのでしょう。

 

壊されたり押しつぶされる前に、逃げていいんです。

 

いや、むしろ逃げて自分を守ってほしい。

 

でも、それは「生」から逃げるのではなく、あくまでも「生きる為」に!!

 

 

 

生きる事に疲れてしまったら…

 

生の喜びを呼び戻すために

 

「約束のネバーランド」は、今日明日生きるのに必死な世界で主人公たちは生きています。

 

それに引き換え、ありがたいことに、私達は生を脅かされるような事は基本的にありません。

 

国によっても違いますし、同じ国でも貧富の差などにより一概には言えませんが、

 

私達の暮らしている日本では戦争もなく、基本的に多くの人が衣食住に困っていません。

 

食べる物もあり、安心して寝泊り出来る所があり、誰かに攻撃される心配もない。

 

そんな平和が当たり前の日々は、皮肉にも生の喜びを鈍らせることもあるのだと感じます。

 

恵まれている私達が、“毎日生きる事が出来るという有難さ”を痛感する為には、

 

時には敢えて厳しい環境に身を置くというのも有効なのではないかと思います。

 

 

例えば、昔の人は食事を作るにしても、遠くまで食材を調達しなければなりませんでした。

 

「ご馳走」という言葉は、走ってまで食事を用意してくれる事に対しての感謝を表すといいます。

 

苦労しなくても食事にありつけることはできる今の私達にとって、

 

食事が出来る喜びやありがたみが昔の人よりも薄くなってるのは、仕方ない事かもしれませんが。

 

 

そこで、いつでも食べたい時に食べたいだけ食べられる食事に敢えて制限をかけてみます。

 

例えば、断食をしたりして敢えて空腹を感じさせてから食事を摂るなど。

 

自分の中の「当たり前」を、特別でありがたいものに変えてみるのです。

 

そうすると自ずと、生きていること(生かされていること)に感謝の気持ちが湧いてきます。

 

「生きる」意味や喜びがわからなくなってしまったら、ぜひ試してみてはいかがでしょうか?

 

 

私達一人一人は所詮“駒”でしかないのかもしれない…でも、だからこそ!

 

「約束のネバーランド」の主役の3人は、全員能力に長けている子供達です。

 

エマは、活発で明るく、特に身体能力に長けている少女。

 

ノーマンは、一番の切れ者で、優れた分析力と判断力に優れる天才。

 

レイは、ノーマンと互角の頭脳を持つ、常に冷静で頭の回転が速いリアリスト。

 

他にも子供達はいますが、個性も長所も様々だからこそ協力して乗り越えてゆけるのです。

 

 

エマたちも、私達も、一人一人だとちっぽけで無力かもしれません。

 

完全体の人間なんてどこにもおらず、私達はみんなどこかが欠けています。

 

でも、だからこそ、欠けている部分を誰かに補ってもらう必要があるのだと思います。

 

不完全な自分が生きて行くためには、人の力を借りるのは必至ということですね。

 

 

例えば、私達は将棋の駒だとします。

 

どこまでも直進や斜めに突進出来る「飛車」や「角」だけでもダメだし、

 

トリッキーな動きの「桂馬」や「王」だけなんて論外です。

 

私のような平々凡々な「歩」は一見役立たずのように見えますが、

 

「歩のない将棋は負け将棋」なんて言葉もありますしね。

 

それぞれに役割があって、欠けている部分を補い合いながら成り立っているのですよね。

 

 

私達もそうであって、補い合いながら生きていけばよいのだと思います。

 

ですから、あなたが弱っていたり心がしんどい時は、誰かに頼ったっていいんです。

 

そして、誰かがしんどい時は、今度は支えてあげればいいのです。

 

誰かに頼ることは勇気が要る事かもしれません。

 

でも、そうやって支え合って世界は成り立っているのだと、私は思います。

 

 

 

 

心が壊れてしまう前に、逃げる!声を上げる!

 

最初は払えるくらいの小さくて軽い塵のようなものかもしれません。

 

しかし、そんな塵のようなストレスも積もりに積もれば、心を壊すほどのものにもなります。

 

「まだ我慢できる」と放置した結果、気づけば取返しがつかなくなってしまうことも。

 

一度壊れてしまったら、元には戻る事は至難の業。

 

少しずつ蝕んでいった心は、次第に何も感じられなくなっていくのです。

 

そして、辛さも痛みも鈍ってくる代わりに、喜びも生きる気力もなくなってしまいます。

 

まだ「苦しい」と心が感じられるうちに…手遅れになる前に…。

 

「生きていることが辛い」としか考えられず、自分の中の選択肢が無くなる前に…。

 

辛い事から目を背けても、逃げても、自分を守ってあげてほしい。

 

そして、悪魔の囁きに耳を貸す前に、誰にでもいいから「助けて」と声をあげてほしい。

 

今は、生きる事の喜びを忘れてしまっているだけ。

 

「消えて辛い事から解放されたい」と思ったら、思い出してほしい。

 

生きていても、辛い事から解放される方法は必ずあるということを。

 

むしろ生きていれさえすれば、どうにだってなるのですから。

 

 

 

漫画(アニメ)「約束のネバーランド」

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