たとえ今が辛くても、それが未来を照らす糧となる☆

自作小説(タロット)

駆け落ち、DV…それを乗り越えたからこそある今、私が願うこと☆

 

 

※前話をお読みいただいてなくても、このお話だけでもお楽しみいただけます!

 

Pick up TAROT

「THE DEVIL ~悪魔~」

☆苦しみや恐怖による判断力の低下、わかっているのに抗えず断ち切れない緩い鎖

何かに囚われている状況にあきらめていませんか?悪魔に支配された頭では諦めていたとしても、内なる心が絶望していない限り、解決法は必ずあります。繋がれているその鎖はゆるく、縛っているのは実は自分自身であり、やろうと思えば簡単に抜けられるということも気づかなくてはなりません。自らの意志でそれを断ち切ることが可能なのです。

 

「PENTACLE Ⅴ ~ペンタクル5~」

☆厳しい状況に絶望するが、見上げれば希望の光が降り注ぎ、差し伸べられる救いの手に気づく

満たされず困窮している時は、周りが見えていないことが多いもの。助けてほしい状況であっても援助の望みは期待薄だと決めつけていませんか?よく周りを見渡してみると、救いの手は必ずあるものなのです。今こそ勇気を持って、諦めずに声を上げるのです。その小さな勇気が、きっと事態を変える口火となるでしょう。

 

 

第八話「祈り」

我が子のように…

私の名前は和泉晶、看護師をしている。この仕事を志したきっかけは、かつて私を救ってくれた看護師さんに憧れたからというもの。

 

強い憧れや希望を抱いて夢をかなえたわけだが、人の生死にも関わる看護師の仕事は、決して甘くはない。体力的な点だけでなく、時には心も疲弊してしまう事だってよくある。

 

おかげさまで今や看護師長を任されるまでになったが、これまでもずっと順風満帆だったわけでもないし、そして今でも悩む事は少なくない。経験だけは長くなった私ではあるが、共に働く職場の人たちは若くても頼もしい輩ばかりで頼もしい。

 

私生活だと、私は2児の母でもある。とは言っても、下の息子はもう大学生で、上の娘にいたっては結婚して子供もいる。私は、孫がいる“おばあちゃん”でもあるのだ。

 

実際私が産んだ子は2人だけだが、娘婿はもちろんのこと、他にも実の息子や娘のように思っている子達が職場にいる。例えば、同じ職場で私を慕ってくれている3人の看護師達もそうだ。

 

ちなみに、その子たちについて軽く触れておくと…

 

まずは、3人の中でも一番先輩であり、私生活では2児の母である山瀬灯里(アカリ)。彼女は一見クールに見えるが、情に厚く優しい、とても面倒見のいい女性である。

 

その次は、いつも明るく人懐っこい性格でムードメーカーな白石鈴乃(スズノ)。楽観的で何も考えてないように見えるのだが、実は一番現実的で頭の回転も抜群である。

 

そして、最後の一人は、宮地環奈(カンナ)。なかなか夫と離婚したくても出来ずに揉めて、今しがたなんとか話がついたところである。三人の中で一番大人しいタイプで落ち着きがあり、責任感も強くしっかりしている。しかし、離婚騒動の事を抜きにしても、私はずっとこの娘が一番心配でしょうがなかった。良くも悪くも世の中に染まっていない彼女の無垢さや従順さは、危うさすら感じるからだ。

 

この世界では少々狡猾さなどを持ち合わせていないと、支障をきたすこともある。こんな社会で生きるには、彼女は不器用すぎるように思えてならない。とはいえ、昔の私に比べたら、宮地環奈は決して愚かでも浅はかでもない。

 

しかしながら、彼女を若い頃の愚かな自分と度々重ねてしまうのだ。どんなに傷ついても苦しくても、叫べず逃げ出せなかったあの頃の自分と___。

 

 

駆け落ち

それは若気の至りと呼ぶには痛すぎる、私の過去の話。

 

私は高校3年の夏に、いわゆる大恋愛(自分的には)をした。その人は私より8つ上の社会人で、友達の彼氏の紹介で出会った。私はその彼にのめり込み、受験生であるにも関わらず頻繁に会いに行っていた。

 

私の高校は進学校で元々成績も悪いほうではなかったが、おかげで成績はガタ落ち。そんな私を見るに見かねて親は彼との交際に反対し、親との口論が絶えなくなっていた。当時、特別行きたい大学があったわけではなかったが、一応進学を希望していた。しかし結果は、第一志望だけでなく滑り止めの大学まで見事に全て落ちてしまった。

 

そんな突き付けられた現実から逃げるように、高校を卒業すると私はすぐに家を飛び出した。

 

いわゆる、その恋人と“駆け落ち”をしたのだ___。

 

 

DV

 

世間知らずで子供だった私は、彼との生活に対して不安はまったくなかった。特に最初の頃は彼と一緒に長くいられる事が幸せだったし、毎日を楽しく過ごしていた。しかし、私も生活費を少しでも入れようとバイトを始めて少し経った頃から、彼の態度が少しずつ変わり始めていった。

 

彼は、異性の友達はもちろん、バイト先の同僚などにも私の浮気を疑うようになっていったのだ。そして、些細な事で苛々したりキレることも増えていった。私の交友関係も縛るようになり、次第に友達と会うにも彼の許可が必要という、まさに束縛の日々であった。

 

それにより私の日常はバイトと家の往復だけの生活となったが、休憩時間なども逐一報告が課せられた。初めは反論や抵抗をすると罵倒されるだけであったが、次第に手を挙げられるようにエスカレートしていった。

 

殴られる度に、「もう嫌だ。」「逃げたい。」と、何度も思った。しかし、殴った後は「ごめん。」と涙を流し、優しく頭を撫でられたり抱きしめられる。私はいつもそれにほだされ、許してしまうのだった。

 

「彼が怒ったのは、私が悪かったからだ。。」

「彼がこんな風なのは、私を愛してくれているからこそなんだ。」

「私しか彼を受け止められない。支えてあげられるのは私だけ!」

 

 

今思えば洗脳状態だったのだと思う。

 

 

状況を知り私を説得しようとする友人もいたが、私はまたすぐ“戻ってしまう”のだ。苦しいのに逃げ出せない…いや、逃げ出さない…どうして?このままでいいのだろうか。いつもふと考えるのだけれど、私はまた思考を停止させる。そして、心も段々マヒしていくのだった。

 

 

大きく運命が動いた日

 

ある年の元旦に、事件は起きる。

 

その日は初日の出を見るため私と彼が車で隣県の海まで行ったのだが、海に向かう途中で彼が怒り出し、私は車内で殴られていた。その理由は今となっては思い出せないが、ごく些細な事だったと思う。

 

その後になんとか海に辿り着き、彼と一緒に初日の出を見た。海の波が日の出の黄金色でキラキラとしていた景色は、今でも鮮明に覚えている。そして、殴られた顔の傷が痛くて、見た景色は痛いほど綺麗で、ただただ涙が溢れて出していたことも。

 

そんな私に、彼はいつものように私を抱きしめながら謝り出す。けれど、私が「もうやだ!」と払いのけると、また再び彼が拳が飛んできたのだった。

 

殴られている間、うずくまりひたすら耐える私。けれど、そこに偶然通りかかった人が止めに入ってくれ、私を助けてくれたのだ。そして、彼は慌ててその場から逃げ出し、車で立ち去ってしまった。

 

助けてくれた人はその地域の地元の人で、私をすぐに病院まで連れてってくれたのだが、そこからの展開は早かった。助けてくれた人が警察へ通報…そして、彼はまもなく連行されて行った。

 

こうして、彼から支配される生活は幕を閉じたのだった。

 

 

救いの手は、実はすぐそこにある

 

それから、私はしばらく入院することになった。彼が警察に連行された事もベットの上で聞いたのだが、正直なところ、安堵だけでなく不安や悲しみなど色んな感情が混ざり合って素直に喜べなかったことを覚えている。

 

もちろん、彼にまた殴られる生活に戻るのは正直怖い。。けれど、彼がいなくて私はこの先生きていけるのだろうか…と、そんな不安も抱いていたのだ。

 

そんな情緒不安定の私に優しく声をかけてくれたのは、担当の看護師さんだった。看護師とは、身体の傷だけじゃなく、心の傷までケアしてくれるんだな…とその時に身を持って知った。彼がいなくなった今となっては、頼れるのは看護師さんだけ…。私に笑顔を向け、優しい言葉をかけてくれる。それがどんなに心強く、励みになったことか。。

 

ずっと連絡を取っていなかった両親にも連絡がいったようで、ある時病室へ飛び込んできたのだが、看護師さんがあらかじめ両親に色々と説明をしてくれていたようだった。

 

傷だらけの私を見て母親は号泣し、父親も顔が青ざめていた。もうとっくに勘当されていると思っていた両親が、私の為に取り乱している。そんな二人の姿を見て、私はなんて親不孝な娘なんだろうと自分の愚かさを悔いた。そして、泣きながら両親に謝ると、「もう大丈夫だよ」と私を安心させるように母は言った。

 

私はなんて恵まれているんだろう…。ただただ感謝と申し訳なさしかなかった。

 

 

私は「助けて」と言えなかった。誰かに助けを求めたところで、どうにもならないと勝手に思い込んでいたのだ。でも、手を伸ばせば力になってくれる人たちが、実際はこうしていてくれる。

 

実は「助けて」の一言で、状況が大きく変わったりすると改めて知った。必要だったのは、そんな小さな勇気かもしれない。けれど、私にはとてもとてもハードルの高い勇気でもあった。

 

渦中にいると、物事が色々と見えなくなることがある。正常な判断や思考がきかなくなり、全てが不可能のように思えてしまうことも。でも、実際はそんなことはないのだ。そして、自分が救いを求めれば、必ず救いの手はあるのだと、改めて思い知った。

 

こうして私は色んな人のおかげで、DVという底なし沼から抜け出す事が出来たのだった。

 

 

全ては繋がっている

 

私の入院中に、彼に対しての諸々の対応は両親が動いてくれており、おかげで完全に関係を断ち切ることが出来た。彼とはまだ籍を入れておらず、子供も作らないようにしていたので、それは不幸中の幸いだった。

 

身体の傷が完治して退院し、私は実家に戻ることになったのだが、私は両親に一から出直すためにも看護学校に行かせてほしいと頭を下げた。両親はそんな私の願いを聞いてくれ、応援してくれたのだった。私はあの看護師さんのようになりたくて、そして、あの頃を取り戻そうとばかりに、がむしゃらに勉強した。

 

その後、看護師として勤務した病院で、入院患者だった今の夫と出会うことになる。当時、夫は元妻に不倫され離婚した後、気を紛らわすように仕事に打ち込み続け、ある時に過労で倒れたのだ。

 

そして、夫の退院後しばらくして偶然町で出会い、それをきっかけに交際に発展。人生のどん底だった夫が私と出会ったのも、何かの巡りあわせと思えてならない。後から聞くと、旦那には私がナイチンゲールに見えたという笑い話があるが(笑)

 

もし私が看護師になっていなかったら、夫と出会うこともなかったんだろうと思う。そう考えると、あの辛かった日々は大きな意味があったんだなと、今ではわかる。

 

茨の道ではあったけれど、きっと“導かれた”のだろう。あの日々がなかったら、私はきっと看護師にはなっていなかったのだろうから。今では全てが腑に落ちているけれど、あの頃はだた不安と葛藤の日々だった。

 

そして、今まさに私の隣で若かりし頃の私のように、未来に希望を抱けず泣いている宮地環奈もおそらくそうだろう。あの日の看護師さんのように、私もこの娘に少しでも希望を与えてあげられるだろうか。今は確信しているこの思いを、1%でも伝えることができるだろうか。

 

辛くて忘れたいような事も、全ては幸せな未来の為にあるのだということを__。

 

 

星に願いを

 

「私ほど愚かではないけど、宮地さんはやっぱり昔の私に似ているね。」

 

私はふと笑いながら空を見上げて言った。

 

「私もね、昔大きく人生が変わった時があったの。今の宮地さんと同じで、すごく辛くて悲しくて、そして不安でたまらなかった。でも、その時に美しい光を見たのよ。痛いほど綺麗で、思わず泣いてしまったけれど。あなたも今日のこの景色を一生忘れられないと思うわ。」

 

宮地環奈は涙を流しながら空を見上げて、私の話を黙って聞いていた。

 

「そして今は…とても幸せよ。あの日の辛い出来事は全て今の幸せに繋がっているのだと、今はよくわかるわ。宮地さんもそんな日が必ず来て、今の私のようにきっと思うんでしょうね。」

 

あの時、私はたくさんの人に救われた。だから、今度は私が誰かの救いになる力が欲しいと思った。これまでも今日も、どれだけ宮地さんの力になってあげられたかは正直わからないけれど。

 

でも、私は祈る。

 

傷つき辛い思いをしたり、頑張った人たちが、いつの日か報われますように。そんな日は必ず来ると、私は身をもって知っている側の人間だからこそ。

 

“この娘にどうか幸せを___!”

 

涙を流す宮地環奈と見た星空は、あの日見た風景のようにキラキラと輝いていた。

 

 

<次回へ続く>

 

 

世の中には様々な暴力(DV)で苦しんでいる人たちがいる。声を上げられず、ひたすら耐える日々を送っている人も。

 

一方で、そういう人達の力になろうと日々支援活動に励む人たちもいる。

 

救いの手は、必ずあるのだ。

 

声をあげるのは、とても勇気がいる事かもしれない。でも、その小さな小さな一歩が変化への大きな一歩だとしたら?

 

“求めよ さらば与えられん、叩けよ さらば開かれん”

 

DV相談プラス  「内閣府 一般社団法人 社会的包摂サポートセンター」https://soudanplus.jp/

 

 

Pick up “名曲キーフレーズ”

「Pray」(Final Fantasy)大木理紗 より引用

「今は涙に濡れたままで (Close your eyes in the silent night)
深い祈りのように (Pray your dream with your honest love)」

「いつしか哀しみも 終わるように」

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