「努力できない」「続かない」、「報われない」を解消する究極本☆

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長年のコンプレックスを克服してくれた神本をご紹介します☆

 

 

<今回のオススメ!  名作書籍 Pick up>

  著者:中野信子「努力不要論」 

 

頑張れない自分を責める

著者:中野信子「努力不要論」より引用 ※以下、省略。

「自分を痛めつけることを努力だと思っているのが日本人という傾向はあるようです。」

 

悩みをこじらせてきた経緯

 

世間一般で「努力」する対象とされるのが、「勉強」「運動」「仕事」など、

 

生きて行く上で必要なものに対して頑張れるかということを指すのが多いんですよね。

 

勉強に対してもあまりやる気がなく、手を抜く事も多かった学生時代の私。

 

勤勉で努力家だった兄と比較されては、よく父にダメ出しをされてました。

 

一般的な「努力」対象以外はけっこう労力を費やせるタイプだったんですけど(苦笑)

 

人の価値観の礎を築くのは、やっぱり養育者(親)の影響が最も強いです。

 

なので、私も長年の親からのダメ出しにより、「自分ってダメダメだな~」と思ってきました。

 

そして、気づいたらすごいコンプレックスにもなっていました(^^;)

 

 

コツコツ勉強出来ない

 

今となってはなんか愉快な感じになってる父ですが…(だいぶ丸くなりましたw)

 

昔はだいぶ怖くて、家にいるだけで憂鬱な存在でもありまして(汗)

 

そんな父は根っからの学力至上主義者で、勉強が出来ない子には手厳しい人でした。

 

むしろ勉強さえ出来ればいいという…。

 

それ以外は出来なくていいんかーい!とツッコミたくもなりますが(苦笑)

 

 

今となってみれば、

「ダメ人間と思ってた私の方が、実はまっとうだったんじゃ…」とさえ思えますが(苦笑)

 

兄より勉強が出来なかった私は、親の期待にうまく応えられませんでした。

 

 

将来の夢など、やりたい事や目標も持っていなかったので勉強の意味も見い出せず。。

 

また学校の勉強が特段面白いとも思えなかったのもあって、

 

勉強する度に「これってやる意味あるのかな」とか「もっと手を抜けないかな」とか、

 

いつもそんなことばかり考えていました。

 

しかし、勉強を頑張れないからといって、成績が急激に悪かったわけでもなかった私。

 

高校は進学校の特待生で入学金は免除でしたし、授業についていけないという事もなく。。

 

トップクラスの成績ではなかったにしろ、あの勉強量にしてはそこそこだったのでは?

 

と、今では思いますけどね(^^;)

 

 

そんな私を父も少し買い被っている所もありまして。(ありがたくもあり迷惑でもあり…苦笑)

 

「この程度の努力でこのくらい成績が出せるのに、なぜもっと頑張って上を目指さないんだ」

 

など、「頑張れば出来る子」と思っていたようです(^^;)

 

しかし、私にとってはこの最低限の努力こそがもはや限界だったんです。

 

「頑張れば出来る子なのに、頑張れないからダメな子」と余計ガッカリされるという(苦笑)

 

 

ちなみに、父は勉強しなくても結果さえ出せばいいという結果主義でもありました。

 

しかし、私は何もせずともトップクラスの成績を収められるような天才ではありません。

 

人より少しばかり良かった記憶力と要領のよさと運等でなんとか乗り切っている凡人。

 

 なので、「努力不足=ダメ人間」という価値観の恰好のターゲットになってしまいました。

 

 

父自身も天才じゃなく努力で人生渡ってきたからこそ、努力信者なのもよくわかります。

 

私達凡人が学力付けるには、やっぱり勉強する以外には手がありませんからね。

 

大人になり、親となった今は、父が言ってた事もよくわかります(^^;)

 

ただ、いつも不思議に思っていたのは、私の「勉強が頑張れない」という弊害が、

 

「親の期待に応えられない」という事だけであって、特に他には困っていませんでした

 

学校生活に支障がなく、将来なりたいものや行きたい大学などがなかった事もあり、

 

何のために勉強をがむしゃらにやらなければならないのかと、自分自身納得出来ませんでした。

 

なので、「今勉強をしておかないと、将来困る」という親の意見も全然ピンとこず。。

 

「勉強を頑張れる子は偉い」が出来ない自分に落ち込む日々。

 

しかし、それと同時に「なにか、おかしい」と違和感も感じていました。

 

 

苦労してお金は稼ぐもの

 

世間一般でも「お金は汗水垂らして稼ぐもの」ってよく聞きますよね。

 

父からも、「仕事したり、お金を稼ぐというのは大変なことだ」と聞いていました。

 

「やるべき事を頑張れないし、忍耐力もない私が仕事なんて出来るのか」と不安でもありました。

 

親にも「ちゃんと社会人としてやっていけるのか」と心配されていました。

 

しかし、実際働いてみたら、学生時代の方がよっぽど精神的にしんどいじゃないですか(苦笑)

 

私の場合、「勉強しろ」とか言われないだけでだいぶストレスが違いましたね(苦笑)

 

社会人は学生よりも色々な責任も出てくるし、もちろん大変なとこも多いです。

 

しかし、私が思うに、おそらく勤勉さや成績等が重視される所よりも、

 

柔軟性や社交性等を活かせる所の方が、私には適性があったのかもしれません。

 

 

特にOL時代は職場に恵まれていたのもあり、毎日充実して楽しいくらいでした。

 

「こんなに楽しく働いてお金もらっていいのだろうか…」とむしろ不安になりまして(汗)

 

これがまさに、認知的不協和ってやつですかね。

 

根底に「仕事=大変なもの」という価値観が植え付けられていたからでしょう。

「こんな順調なのはきっと若いうちだけ。今何かを頑張らないと、将来困る事になるかも」

 

そんな得体のしれない杞憂によって、私は楽しいOLライフに終止符を打つことを決めました。

 

そして、頑張って社会福祉士の資格を取る事を決意したわけなのです(^^;)

 

 

社会福祉士の資格を取っていざ働いてみると(職場にもよるんですが)、

 

けっこう無理して頑張っていたので精神的にも肉体的にも辛かったのを覚えています。

 

「将来大変な思いをしないように」と頑張って取ったはずの資格と、転職。

 

しかし、以前より色んな事がうまく回っていない感覚が確かにありました。

 

背伸びせずに等身大の自分で、むしろ楽しんでいた仕事のほうが順調でした。

 

頑張った途端にうまく回らなくなるという矛盾に、しばらく困惑していました。(汗)

 

 

克服へのプロセス

自分には合わない価値観や信念がある

 

「努力の成功体験は、“サンプル1”に過ぎない」

 

色々な経験を経て私が行きついた結論の一つは、コレです。

 

「親の言い分でも正しいとは限らないし、親の価値観はサンプルの一つにすぎない」

 

 

父は父の価値観の元で成功したのかもしれません。

 

しかし、“父の人生には当てはまることも、私の人生に当てはまるとは限らない”のです。

 

親は、自分の成功体験を信じているからこそ、子供にその信念や価値観を伝えようとします。

 

なので、「そんな考え方もあるんだ」と、参考までに聞く程度でちょうどいいのかもしれません。

 

 

一方で、こんな風にコンプレックスを持たなければ、自分と向き合う機会もなかったでしょう。

 

悩んだからこそ、見えてくるものもあります。

 

むしろ、悩みの本質とはそこではないかと私は思っています。

 

そんなわけで、今となっては親には感謝している部分は多くあります。

 

かなり手を焼いた子供だったろうし、親の苦労も相当だったと思いますしね(汗)

 

親も人間なので、子供といえども自分じゃない人間を理解するって難しいのです。

 

自分も親になってわかりましたが、特に子供の心配な部分ばかり目につくもの。

 

どうしても否定的な事言ってしまいがちなので、反省の日々ですが…。(><)

 

自分を悩ませるものや人がいたら、その時は「コンチクショー」って思うかもしれません。

 

でも、それは自分にとって大事なコトと向き合わせるチャンスでもあるんですよね。

 

今は解決の見通しが立たなくても、明るい光が見えてくるまで腐らずいきたいものです☆

 

 

短所と思っていたものを長所に変える

 

「他人の方が才能を見抜きやすい」

「自分の嫌いなところというのは、自分でも気づいている自分の資質です。資質ではなく、才能と置き換えてもいいかもしれません。」

 

私はよく「苦労もせず気楽そうでいいね」など、嫌味やダメ出しされます。

 

しかし、その一方で、純粋に羨ましがってくれる人や、

 

「そこがあなたの良さじゃない?」とか肯定してくれる人もいます。

 

それに加えて、このような素晴らしい本にも出会えた事によって、

 

自分では短所としか思えなかった所が、これってもしかして強みにもなるのかな??

 

と考えられるようになったのは、私にとって大きな前進でした。

 

色んな人の考え方に触れ視野を広げる事は、自分を苦しめる固定観念を打破してくれます。

 

また、それと同時に、自分では当たり前だからなんとも思わない事(才能など)を、

 

「それって当たり前じゃないよ、すごいことだよ」などと、

 

客観的な視点から自分を見てくれる他者だからこそ気づいてくれたりします。

 

 

自分の短所と思っている所が他人から見ても短所なのかどうかを知ってからでも、

 

コンプレックスに向き合うのは遅くない!と私は思います。

 

主観だけでなく、客観的視点で物事を見なければ、その本質はわからないもの。

 

著者の中野信子氏によると、”努力遺伝子”というものがあるそうです。

 

努力出来るか出来ないかは遺伝で決まるらしく、脳の作りも違うらしい。。。(衝撃)

 

確かに、野球のイチロー選手も努力の才能がある人とか言われていますよね。

 

どうしても努力出来ない人が出来るようになりたいと思う事は、

 

魚が鳥のように空を飛びたいと思う事と同じようなことなのかもしれません。

 

 

努力の才能を持たない私は、持っている人を正直羨ましく思いながら生きてきました。

 

しかしだからといって、努力出来ない人が努力出来る人より劣るわけでもないのです。

 

努力出来ない人はその分、無駄な努力をせずに物事を効率的に進めさせる事ができる、

 

という能力があるんだそうですよ。(私もこのタイプみたいです♪)

 

 

このように、色んな視点から自分の能力を見極めるだけじゃなく、

 

自分の能力を生かし方(生かせるフィールド)を知る事も必要なわけです。

 

そのように自分に合った方法や生かせる場所がわかって初めて、自分の才能が開花するのです。

 

短所が長所に化けたりするから面白い!

 

 

苦しいと感じる事より、楽しくてやりたい事を重視

 

「ヒトは努力よりずっと、遊びが必要な生き物なのです」

 

人は「頑張らなきゃ!」よりも、「楽しい」とか「やりたい」とか、

 

そういう気持ちを大事にする方が、実はずっと効率的でうまくまわるんじゃないかなと思います。

 

 

やりたくもない事を我慢してやらなければならないという事だってあります。

 

しかし、我慢してやっていることよりも、他に自分が楽しい事にフォーカスした方が、

 

実は何倍も自分の能力の伸ばすべき能力(才能)が伸びるのではないかなとも思います。

 

「汗水垂らして仕事する」=美徳の考え方も、当てはまらない人も多くいるでしょう。

 

 

報われない頑張り屋さん

著名人の努力論

 

この本には著名人の名言の引用もあります。

 

・明石家さんまの言葉から考える、「努力は報われる」の罠

 

明石家さんま「こんだけ努力しているのに何でってなると腹が立つやろ。人は見返りを求めるとろくなことないからね。見返りなしで出来る人が一番素敵な人やね。」

 

ざっくり言うと、努力した事に対して見返りを求めるなら、しない方がいいっていう話です。

 

「こんだけやっているんだから、結果が出て当然だ」という考えは危険なんですね。

 

その例として、体操の内村航平選手の話を上げたいと思います。

 

内村選手は子供の頃から体操が大好きで、練習も大好きなんだそう!(すげー)

 

試合ではまったく緊張しないらしいのですが(すげー)、

 

それは、練習の成果を見てもらえる場所だからむしろ嬉しいんだそう(すげー)←しつこいw

 

 

他人から見たら並大抵の努力ではないのは一目瞭然で、大変そうだなとも思いますが、

 

そんな練習も楽しいと言い放ち、さらには試合も楽しんでいるという始末…(←言い方!w)

 

やはり結果の為だけに「辛いな、嫌だな」と無理に努力をする人より、

 

楽しんでやっている人の方が断然伸びるのがこの例でもわかりますよね!(納得)

 

まさしく、「好きこそものの上手なれ」の最強説。

 

・為末大(アスリート)の言葉から考える、「努力と才能」の話

 

為末大「成功者が語る事は、結果を出した事に理由付けしているというのが半分くらいだと思う。アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%。そして選ばれた人たちが努力を語る。やればできるといわれるけれど、出来る体に生まれる事が大前提。」

エジソン「1%のひらめきと99%の努力」

 

上記は為末氏のツイッターで発信され、炎上したんだそうです。

 

エジソンの名言も未だ誤解して解釈している人が意外と多いんですよね。

 

それだけ、世の中の人は「努力は報われる」と信じている人が多いのでしょう。

 

 

そもそも、どんなに努力をしても、才能がなければ報われない事も多々あるわけです。

 

その努力とは好きでやっているならば問題はないでしょう。

 

しかし、「努力は報われる」と信じている人は結果を求める事がまた多いようです。

 

 

正しい努力をするためには、才能や好きな事をひっくるめて、まず己を知る事なのです!!

 

「努力は報われる」ではなく、報われる努力をすることが大事なんだね、フムフム。

 

 

間違った努力が人への敵意も生む

 

「勤勉・誠実な人ほどドス黒い感情が…」

 

努力中毒のとも呼ばれる頑張り屋さんの中には、敵意を向けてくる人も多いのです。

 

私もこれまでたくさんの「攻撃的な頑張り屋さん」に出会ってきました(遠い目)

 

私のような「能力もないのに努力もしない、ノリや運等でなんとかなっているタイプ」には、

 

べらぼうに当たりが強いのが特徴です(苦笑)

 

しかしそれは、自分の努力を否定されているような気持ちになるからかもしれませんね。

 

 

ここで、大学時代の友人2人の話をしましょう。

いつもイライラしていて、よく負のオーラが漂っている友人がいました。彼女は勤勉で頭がよく、いつも成績はトップでした。かなりストイックなタイプで、自分の好きな事や娯楽なども我慢して勉強に明け暮れました。あまり大学に行かずに遊んでばかりいる私にイラついているのもしばしばでした。そんな彼女は最後の最後で、もう一人の友人にトップを取られてしまいました。最後にトップを取った友人は、勉強は二の次にして大学生活を謳歌しており、友達と遊んだり、彼氏とデートしたり、バイトしたり…とても楽しそうでした。彼女はいわゆる天才と呼ばれるタイプでしたが、なにより専攻している学問が好きでした。才能があるだけでなく、何より無理せず好きな事をやっているという事はやはり最強なんだと思います。トップを取られてしまった友人は、「おめでとう」の言葉もなく、ずっと恨み節。そんな彼女は「いつもなんかピリピリしてる」とか「いつもなんか怒っている」と、大学の中でも恐れられている存在でした。。。

 

“頑張っている自分の正当化”をまさに見せられたような気がしました。

 

頑張っている自分が報われないのは他人のせいではありません。

 

自分が頑張っているから人にもそれを求めるのはやはり違うのではないかと思うのですよ。

 

ちなみに、私は自分に甘いからこそ、他人にも甘く!を心がけています(笑)

自分に激甘じゃん~w

 

多くの人を救う本「努力不要論」

努力を努力と思わないくらい楽しいと思える事をやってみたり、色んな経験をしてみましょう。

 

色んな人の価値観に触れ視野を広げる事で、植え付けられてきた固定観点から自立できます。

 

 

努力するにしても、目的や戦略なくやるのは、本末転倒!

 

自分の能力(才能)を生かす方法やフィールドを知る(己を知る)事が重要なのです☆

 

この「努力不要論」はまさに、“戦略もないムダな努力をせずに正しい努力をしましょう”

 

ということを訴えかけている本なのです☆

 

そして、努力神話に惑わされずに人生を楽しむという事を教えてくれる素晴らしい本でした。

 

昔から努力出来ない事で悩んだり、「自分はダメだ」と思いこんでいる人には、

 

ぜひ読んでいただき、逆に自分の強みに気づいてほしいものです♪

 

努力に搾取されない人生を一緒に送りましょう!

 

著者:中野信子 「努力不要論」

脳化学が解く、「がんばってるのに報われない」と思ったら読む本。「努力は報われない」「努力したら負け」など、目からウロコ間違いなし。努力の本質だけでなく才能の見つけ方など多岐に渡る情報も満載☆この本できっとあなたの常識が覆ります!!

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