助けてと言えない人へ☆勇気を出して声をあげよう

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人に頼るのって、思っているより難しいという話☆

 

 

<今回のオススメ!  名曲キーフレーズ Pick up>

映画「こんな夜更けにバナナかよ」より引用

「思い切って、人の助けを借りる勇気も必要なんだよね」

 

 

「SOS」を出せない人たちへ

「人に迷惑をかけないようにしなさい」と教育される日本人

 

人に助けてもらった時、つい「ごめんね」と謝ってしまうことはないだろうか。

 

「そこはごめんじゃなく、ありがとうだろ!」と、自分にツッコむこともある。

 

「人様に迷惑をかけないように」というのが日本の教育。

 

日本人は、「助けて」と人に頼る事をどうしても躊躇してしまいがちだ。

 

 

私は日本人だけど、人に頼って生きてきたタイプで甘え上手な方である。

 

嫌味でも、「人に甘えられて羨ましい」などと言われることも少なくなかった。

 

 

しかし、「頼ったら自分が楽になるのはわかっているんだけど、出来ないんだよなぁ」など、

 

人に頼れない事を切実に悩んでいる人も、実際のところけっこういたりする。

 

それだけ、「助けて」って言えない人は多い。

 

 

そんな日本の教育に対してインドの教育とは?

 

「人間は生きていれば必ず誰かに迷惑をかけるもの。

 

だから、助けてもらったら“ありがとう”と感謝出来る人になろう。」と教わるそうだ。

 

思わず「それいいね!」と推したくなる考え方ではないか!

 

手を差し伸べた人だって、「ごめん」より「ありがとう」って言われた方がきっといいはずだ。

 

 

 

救われたいと思っていない人って、意外と多い

 

仕事上、“援助が必要かな?”という方にこちらからアプローチする事が多かった。

 

しかし、「必要ないからほっといてくれ」など、拒否されることも少なくなかったのも事実。

 

「自分がどこでどう生活して、例え死のうと、こっちの勝手でしょ」と。

 

 

きっと「申し訳なさ」などの引け目もあるのだろう。

 

そもそも他人が自分の生活や人生に介入してくるのは抵抗感があって当然かもしれない。

 

それでも、私たちワーカーは「どうにか援助させてください」と足繁く訪問する。

 

その度に煙たがられ、「なんだかなぁ」と思う日々でもあった。

 

 

困っている人がみんな、誰かの助けを求めていると思ったら大間違いだということ。

 

ワーカーでなくとも、私たちはそれを念頭に置いて行動しなければいけないのかもしれない。

 

 

 

「人には任せられない」と自分が全部背負ってしまう人

 

漫画「コレットは死ぬことにした」より引用

「私はバカだ。なにが任せられないだ。自分でやった方がなんてとんだ思い上がりだ。

一つの命の前に自分がいつも完全だなんて思うな。」

 

分担すればいいことも、人に頼らず自分で全部抱え込む人ってけっこう多い。

 

「もっと頼っていいんだよ」と声掛けしても、「大丈夫です!」と言われたりする。

 

「何が大丈夫だよ!自分見てみなよ、ボロボロだよ?」とツッコミたくなる人も少なくない。

 

助けが必要なのに、人に頼るのが下手、または手助けに抵抗を示す人がけっこういるのだ。

 

 

そういう人の中でも、「自分がいなければ回らない」と思っている人もいる。

 

だけど、それはだいぶ思い上がりだったりする。

 

 

ここで、芸人のカズレーザー氏がYouTube動画で語っていた話をしよう。

 

「スティーブン・ジョブズがいなくなっても、アップル社は業績を伸ばしている。

 

そんな偉大な人ですら替えはきくのだから、私達の代わりなんていくらでもいる」と。

 

そうか、ジョブズですら代わりがきくのか。

 

ならば、我々凡人なんて…という話に当然なってくる。

 

プライドを持って仕事や業務を行う事と、思いあがる事はまったく別物である。

 

それを忘れたり、わからないまま突っ走っている人は、けっこう危険なのだ。

 

 

 

助けを求めたもん勝ち

素直に甘えられて、ありがとうが言える人は好かれる

 

世の中には人を助けたい世話焼きさんが蔓延っている。

 

なので、頼れば喜ばれる事の方が意外と多い。

 

しかし、ただ甘え上手になれというのではなく、相手に感謝の心を持つこと。

 

そういう人は誰もが助けてあげたいと思うし、やはり好かれるものだ。

 

 

助けてもらって自分もありがたいし、助けた人も嬉しいという最高の連鎖。

 

そんな連鎖こそ、自分の人生だけじゃなく世の中もよりよいものにしていけるのだ。

 

 

声を上げないと、誰も気づいてくれない

 

アニメ(映画)「氷菓」より引用
「(一部略)そう、悲鳴も上げられなくなる日がくるって そうなったら
 私は生きたまま…私は生きたまま死ぬのが怖くて 泣いたんです」

 

「助けて」と言えずに心も身体も病んで、日に日に弱っていく人達を度々見てきた。

 

自らSOSを示さなければ、意外と周りは気づかなかったりする。

 

そして、「大丈夫な人」だと認識されてしまうこともある。

 

その我慢が当たり前の風景にならない為にも、

 

「悲鳴を上げれる人」として認識してもらうことも必要である。

 

 

それはすごく勇気がいる事かもしれない。

 

でも、心が死んだまま生きていくのはとても辛い。。

 

取り返しがつかなくなる前に、そして叫ぶ力が残っている前に!!

 

小さくても勇気ある一歩を踏み出してほしい。

 

ワーカーとして、人として、救える人が救われますようにと、願っています。

 

 

映画「こんな夜更けにバナナかよ」

鹿野靖明、34歳。札幌在住。幼少の頃から難病の筋ジストロフィーを患い、体で動かせるのは首と手だけ。人の助けがないと生きていけないにも関わらず、病院を飛び出し、風変わりな自立生活を始める。自ら大勢のボランティアを集め、わがまま放題。ずうずうしくて、おしゃべりで、ほれっぽくて!自由すぎる性格に振り回されながら、でも、まっすぐに力強く生きる彼のことがみんな大好きだった―。笑いと涙の感動実話。

※出典:公式ホームページより→ https://bananakayo.jp/intro/

漫画「コレットは死ぬことにした」

薬師として日々奮闘し疲れたコレットは、ある時井戸に飛び込んでしまうが、そこは冥府だった。冥府で出会った冥王ハデスと繰り広げる、神話ロマンス。

アニメ(映画)「氷菓」

高校一年生の主人公:折木奉太郎はひょうんなことから廃部寸前の「古典部」に入部することに。その古典部を舞台に繰り広げられる、青春ミステリー。



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