親との関係に悩んだり怒りがある人へ☆心が楽になる向き合い方

エンタメ作品(メイン)

怒っていいんです☆優等生の弊害と毒親からの解放

 

 

<今回のオススメ!  名曲キーフレーズ Pick up>

「だから僕は音楽を辞めた」ヨルシカ より引用
「間違ってるんだよ わかってないよ、あんたら人間も
 本当も愛も世界も苦しさも人生もどうでもいいよ

正しいかどうか知りたいのだって防衛本能だ 考えたんだ あんたのせいだ」

 

自分が親になってみると改めてわかる、親(自分)の不完全さ。

 

私のような未熟者が子供を育ててるんだから、子供だって不満を抱くのも当然である。

 

間違いだらけの親から身を守るために怒れる子供たちは、まさに正当防衛なのだと考えられる。

 

子供が親に怒ることは、生まれながらに子供たちに与えられた権利だとも私は思う。

 

逆にそれが出来ない子供は、持つべき権利を奪われている状態ともいえる。

 

 

親との関係において子供が苦しい思いをしているのなら、大抵は親のせいなのだ。

 

生きづらいのは「あんたのせいだ」って、子供に言われたってしょうがない。

 

(私も耳が痛い話である。苦笑)

 

 

親も相当手を焼いたくらい万年反抗期だったという私による、

 

「子供が親に怒っていい」という言い分の話をここでは繰り広げてゆきます(苦笑)

 

親子関係がうまくいかず悩んでいる方や親への怒りがおさまらない方たちへ!

 

自分らしく生きる上で大きな弊害となる考え方なら、この際手放していきましょう!

 

 

 

子供が親に怒れるのは、むしろ健全である

ソーシャルワーカーの私が出会った、児童養護施設の子供たち

※10年以上の話ですが、念のため個人を特定できないように十分気をつけて語らせていただきます。

 

社会福祉士の実習で、とある児童養護施設に行った時の話。

 

その施設には、いつも苛々がMAXで少し乱暴な男の子がいた。

 

何か言おうものなら暴言で返されるのはしょっちゅう。

 

時には手足まで飛んでくる始末。

 

朝に子供達を職員や私たち実習生が起こしに行くのだが、

 

寝起きは特に機嫌が悪く、強い力で殴られ蹴られる…正直怖かった凹

 

そのため、朝起こしにいく任務は実習の中でもだいぶ憂鬱であったのを覚えている。

 

その男の子の他にも心を閉ざす子は多く、特に私達実習生に心をすぐ開いてはくれない。

 

話しかけても、無視されたり暴言を吐かれるという事も少なくなかった。

 

逆に過剰に甘えてくるような子もいたり、子供によっても反応は様々でもあった。

 

 

 

その中でも記憶に残っているのは、人懐こくていつもニコニコしている明るい女の子。

 

上記のように、一癖も二癖もあるような子が多かったので、

こう言ってはなんだが、その子はいたって普通で問題があるようには見えなかった。

 

しかし、そこの施設長はその子が施設の中でももっとも深刻な状態だと指摘していた。

 

彼女は親からの激しい虐待により、心に大きな傷を負った子だったのだ。

 

常に人の顔色を常にうかがっていて、通常はすごくいい子としてふるまっていたのだ。

 

だが一方では、虚言やウソ泣きで時には大人を騙したり、自分を隠すようにもなったらしい。

 

必死に自分を守ってきた結果、いくつもの仮面を持つようになったのだろう。

 

 

他の子供たちも、様々な家庭の事情によってその施設に入所していた。

 

共通しているのは、これまで理不尽な事でたくさん傷ついてきた子達ばかりだったということ

 

だから、暴言を吐いたり、殴ったり蹴ったりする衝動を止められなかったり、

 

無視したり冷たくあしらったりして人を拒んだり、抵抗したり…

 

傷ついてきた人間だからこそ、そんな「怒り」や「抵抗」はむしろ当然で普通のこと。

 

また、時には人からないがしろにされた悲しさや寂しさによって、

 

他者へ愛情を求めて過度に甘えたり、時には依存したりするのも頷ける。

 

 

そんな、怒って当然、悲しくて当然、寂しくて当然、な状況下。

 

なのに“普通”の状態でいられる方が、むしろ異常”と言われれば確かにそうだ。

 

怒りを出さない、出せないというのは、子供にとってある意味危険な状態だったりする。

 

そのことを改めて知ることになった実習だった。

 

 

話題の楽曲「うっせぇわ」から考える、優等生は要注意という話

 

「うっせぇわ」Ado 歌詞より抜粋

「ちっちゃな頃から優等生 気づけば大人になってた」
「うっせぇうっせぇうっせぇわ あなたが思うより健康です」

 

現在話題になっている、「うっせぇわ」という曲。

 

小学校だけでなく、幼稚園や保育園などでも歌っている子もいるらしい。

 

ウチの子も覚えてきて、家で口ずさんでいるのを聞いた時も正直びっくりした。(苦笑)

 

「子供に聞かせたくない」など、賛否両論な意見もあるらしい。

 

確かにそのくらいけっこう過激な歌詞の曲だと思う。

 

しかし、こんな世の中でこういう曲が流行るのは、ある意味健全なのかな。とも思う。

 

 

作曲者も、理不尽な事が多い日々の中で何らかの怒りを感じて過ごしてきたのかもしれない。

 

しかし、そんな感情を人に直接的に攻撃的にぶつけることなく、

 

“歌にメッセージ性をこめて、社会に訴える”というやり方は、スマートささえ感じられる。

 

子供をやり場のない感情の捌け口にしているような腐った大人に比べたら、断然賢い。

 

歌詞の通り、自分の怒りをきちんと出せる子はよっぽど健康ではないかとさえ、私は思う。

 

 

 

優等生といえば…

 

尾木ママで知られる、教育評論家の尾木直樹氏が何かの番組でおっしゃっていたのだが、

 

周りから「優等生」と言われている子がいたら、まずその子をマークするらしい。

 

「優等生」と呼ばれる子は、後々色々と問題が出てくるケースが多いのだとか。

 

 

こんな理不尽な事が多い世の中で、ずっと“いい子”でいられる方が、むしろ異常なのだろう。

 

「うっせぇわ」の歌詞は、みんなどこか思い当たる節があってギクリとする。

 

ふと実習で行った施設のあの少女を思い出しながら、子供が口ずさむ歌を聞いていた。

 

 

親のしがらみから解放され、自分の人生を生きる

子供が成長し、親を超えてゆく

 

漫画(アニメ)「フルーツバスケット」より引用

「しょーもなくても呆れてもムカついても それでも…やっていかないと
子どもは親を取り替えられない 親が子どもを取り替えられないように
親子には“当たり”も“ハズレ”も無いんだ だったら やっていかなきゃな…」

「…いつかはそんなコトもあったねって笑いあえたら」

 

児童養護施設の話に戻るが、そこにいたとある中学生の男の子のお話。

 

見た目はちょっとヤンキーちっくで少々怖い感じではある子だった。

 

しかし、私のような実習生が話しかけても、少し照れ臭そうだがきちんと返答してくれる。

 

他の職員や入所している子達とも仲良さそうで、精神的にも安定している様子だった。

 

後から知ったのだが、その子の入所理由は親への家庭内暴力だったらしい。

 

入所当初はかなり荒れていて職員も大変だったとも聞いた。

 

しかし、時が経ち、年齢を重ねると共に精神的にも安定してきたようだった。

 

 

親との関係の修復や職員の対応なども良好だったりとうまくケアが出来たのはあるだろう。

 

それと同時に、年齢と共に色んな事が受け入れるようになったというのも大きいように思う。

 

現に、感情が不安定になっている小学生が多いのに対して、

 

中学生達は落ち着いている子が多い印象があった。

 

 

辛い境遇で育った子ほど、ある意味で精神的に早く大人になる所もあるだろう。

 

むしろ、親よりも子供の方が精神年齢がずっと大人になっていたりする。

 

「しゃーねえな」と受け入れている子、中には呆れている子など様々だろう。

 

だけど、みんなそれぞれどこかで折り合いをつけて生きているんだなと痛感した。

 

親がしょーもない毒親とかならば、子供が大人になるしかないのかもしれない。(苦笑)

 

親に期待できなければ、子供が変わったほうが手っ取り早いともいえる。

 

現に、親がしっかりしてないと子供がしっかりするという話をよく聞く。

 

その理屈なら、ウチの子もしっかりしそうだw(←間違いないw)

 

 

親が原因の怒りや悲しみなど全部は、ずっとこのまま消えないかもしれない。

 

でも、自分の心の在り方次第で小さくすることは十分可能であると思う。

 

あなたも、いつまでも小さい子供のままではない。

 

問題に向き合えるくらいに成長しているかもしれないことを、忘れてはならない。

 

 

涙だけじゃなく、怒りも心のデトックス

 

特に女性は、泣く事がストレス発散になるとよく聞く。

 

他にも、歌う事、笑う事、しゃべる事、食べる事、寝る事などなど、

 

人によって心が元気になる方法は様々。

 

デトックス法で泣く事と同じくらい有効とされるのは、怒りを吐き出すことである。

 

しかし、TPOを考えないと、ただただ迷惑な人になってしまう

 

それで人間関係が崩れてむしろ生きにくい環境になってしまうと本末転倒。

 

怒りを発散するところや相手には十分注意も必要となる。

 

私も学生時代に友人からよく苛々をぶつけられたが、

 

そういうの怒り(甘え)を受け止めるのは、本来は親だから出来たりする。

 

「他者の怒り」は、けっこう荷が重いのだ。

 

相手を選んだ上で、愚痴くらいに収めておいた方が無難である。

 

 

怒っている人(親)に向けて吐き出すのが一番効果的であることは間違いない。

 

だが、返り討ちに遭うリスクもお忘れなく。

 

自分の怒り(甘え)を親にぶつけられずに生きてきて、今後もそれが叶わないのなら、

 

人を頼らず、自分で溜めては毒な感情の手放し方を見つけることをオススメする。

 

怒り以外でも自分に有効なデトックス法を知っておく事は、生きる上でもとても有利となる。

 

まだ見つけてない方は、ぜひ探してみてはいかがだろうか。

 

 

 

苦労してきた人は、生きて行く力も優しさもある

 

漫画(アニメ)「フルーツバスケット」より引用
「(一部略)人は良心を持って生まれてこないんだよって。生まれながらに持っているのは
 食欲とか物欲とかそういう欲だけなんですって。つまり生きる本能ですよね。」
「良心は体が成長するのと同じで自分の中で育てていく心なんだ…って。だから人によって
 良心の形は違うんだ…って。」

 

悔しいとか、悲しいとか、許せないとか、理不尽な何かと闘ってきた人は、

 

生きて行くエネルギーやパワーが人より多くあると私は感じている。

 

人を強く突き動かすのは、劣等感とかコンプレックスなど負の感情だったりするからだ。

 

「悔しさをバネに!」とか言うし、弱いからこそ強くなりたいと思うもの。

 

 

そして、多く傷ついた分だけ痛みもわかるから、人にも優しくなれる。

 

人は優しさを持って生まれてこないから、結局体験でしか学べない。

 

様々な体験によって色んな思いをしてきたからこそ、多くの感情も知っている。

 

それが時には誰かの力になったりと、人生のどこでどう活きてくるかわからない。

 

紛れもなく、それが自分の強みとなり、財産になるとも思う。

 

これまで辛い思いをしてきた人ほど、大きな宝を得てきている人でもあるのだ☆

 

 

 

湧き出た感情を受け入れることが、解放につながる

 

アニメ(書籍)「氷菓」 より引用
「怒らないことがいいこととは思いません。傲慢や強欲も大事だと思うんです。」
「どんなことでも怒れないとしたら、たぶん何も好きになれないんじゃないでしょうか。」

これまで綴ってきて改めて思ったこと。

 

それは、自分が思っていたより私も怒っていたのかもしれないな…と。(苦笑)

 

これまでも怒って反抗していたつもりだった。

 

けれども、もしかしたらどこかで「自分が悪いんだ」と思ってたのかもしれない。

 

もっと自分の感情を把握して、自分の思いを、そして怒りの存在を、

 

せめて自分自身は肯定してあげるべきだったんだなと今では思う。

 

怒りが湧いてきたなら、それは自分に必要だから湧いてきた感情なのだ。

 

その感情を受け止める事が、結果的に自分の存在価値を示す事にもなるのかもしれない。

 

親というのは子供に多大な影響を及ぼす。

 

いい意味でも、悪い意味でも。

 

子供が自分の人生を歩むには、親とは違う人間であり、考え方も違っていいという、

 

精神的な親からの自立が前提にある。

 

「親はどう思うだろう」から、「自分はどうしたいだろう」へシフトする事が必要

 

親から解放されたいと強く思う時はまさに、自分の人生を歩むチャンスでもある。

 

限りのある人生。

 

親に対して悩んだり傷ついたりと、“搾取されていく人生”から解放される為に。

 

怒りの感情も肯定しながら自分の人生を歩んでいく方が、よっぽど有意義なのである。

 

 

「怒り」って嫌煙されがちだけど、大事な感情なのだ☆

 

「だから僕は音楽を辞めた」ヨルシカ
「うっせぇわ」Ado

漫画(アニメ)「フルーツバスケット」

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アニメ(書籍)「氷菓」

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